大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和63年(行ウ)11号 判決 1989年7月03日

原告

大橋保久

被告

大阪西労働基準監督署長須藤高明

右指定代理人

堀井善吉

中嶋康雄

秋山義明

南敏春

岡田智

藤村英夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が労働者災害補償保険法に基づき昭和五九年一二月七日付けで原告に対してなした原告の障害を障害等級一二級の一一とする障害補償給付支給処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五八年七月二六日タクシー運転業務に従事して路上を走行中、自車前方に飛来する鳩を回避すべく急停車したところ後続車に追突されて負傷し(以下、本件事故という)、同年一二月五日一旦治癒したものの再発し、同五九年三月一日から再び加療した結果、同年一〇月一一日後記障害を残して治癒した。

2  原告は被告に対し右障害につき障害補償給付を請求したところ、被告は、同年一二月七日、原告の右障害は労働者災害補償保険法施行規則(以下、施行規則という)別表第一に定める障害等級(以下、障害等級という)一二級の一二に該当するものとし、同等級に応ずる障害補償給付を支給する旨の処分をした(以下、本件処分という)。

3  原告は、本件処分の取消を求めて、同年一二月一八日大阪労働者災害補償保険審査官に対して審査請求したが、同六〇年六月四日付で棄却され、さらに同年七月五日労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、同六二年一二月一〇日付で棄却され、右裁決は同月一六日ころ原告に送達された。

4  しかしながら、本件処分は次のとおり違法である。

(一) 本件事故に起因する原告の主たる障害は、頸椎の運動機能障害、右上肢及び右手指の筋力低下による運動機能障害である。

しかるに、本件処分は、原告の右障害を認めず、前記障害等級を誤った。

(二)(1) 大阪市は、同六〇年一月七日、原告の外傷性頸椎症による右上下肢の機能低下による体幹機能の著しい障害、右肩関節・手指機能の著しい障害、右足関節の軽度機能障害について、身体障害者福祉法施行規則七条別表第五号による身体障害者障害程度等級表にいう等級(以下、福祉法障害等級という)三級に該当すると認定した。

(2) 右認定の基礎となった大阪市心身障害者リハビリテーションセンター医師花岡俊行の診断によると、徒手筋力テストによる原告の筋力低下は、右肩関節において屈曲・伸展・外転とも三マイナス、右肘関節において屈曲・伸展とも三マイナス、右母指中手指節の屈曲・伸展及び指節間関節の屈曲・伸展はいずれも一プラスを呈し、首は疼痛により可動域が二分の一以下に制限されている。

(三)(1) 被告は本件処分の障害等級認定をするにあたり、関節運動可動域の運動制限のみを考慮し、筋力低下に基づく機能障害を斟酌していないが、筋力低下に基づく機能障害が労働能力の低下を招くことは経験則上明らかであるから、これを補償給付の対象としないのは誤りであり、筋力低下が認められる場合は、その程度に応じ、関節運動可能領域に同程度の機能障害が存するものとして、障害等級を認定すべきである。すなわち、筋力テスト五は関節可動域正常に、筋力テスト〇は関節可動域用廃にそれぞれ対応するから、筋力テスト三は関節可動域二分の一以下と同視すべきである。

(2) そうすると、原告の右肩関節及び右肘関節の筋力低下は障害等級一〇級の九に、右母指筋力低下は障害等級一〇級の六に各該当し、首は障害等級一二級に該当する。

そして、これを総合すると、原告の障害は、施行規則一四条二項、三項、四項により障害等級八級に該当する。これを原告の服する労務の制約の点から考えると、障害等級九級の七の二に該当する。

(3) したがって、原告の障害を障害等級一二級に該当するものと認定した本件処分は違法である。

5  よって、原告は被告に対し、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4(一)は争う。

原告の昭和五九年一〇月一一日における残存障害は、頸部痛並びに右肩から右上肢に掛けての放散痛、しびれ、右手脱力、右上肢橈側の知覚低下及び右上肢の筋力低下等であり、右は外傷性頸部症候群による緒症状及びこれに心因的要素が付加された神経症状(疼痛による筋力低下を含む)と認められたから、被告は原告の障害を障害等級一二級の一二にいう「局所にがん固な神経症状を残すもの」に該当すると認定した。

3  同4(二)(1)、(2)の各事実は認める。

4(一)  同4(三)(1)は争う。

労働者災害補償保険法による障害保険給付は、労働者の業務上の負傷又は疾病に基づく後遺障害が労働能力の喪失・減少を招来した場合に行われるのに対し、身体障害者福祉法は、身体障害者の更生を援助・保護し、もってその生活の安定に寄与することを目的としているのであり、両制度はその趣旨・目的及び補償対象を異にしているから、両制度における身体障害の認定はそれぞれの認定基準に従い各別に判定すべきである。

労働者災害補償保険法の障害系列表上、筋力の低下それ自体は器質的障害又は機能的障害として掲げられていないが、被告は筋力の低下を全く考慮していないわけではなく、その医学的・他覚的所見を基礎とし、労働能力喪失割合をも十分検討して、障害等級認定基準に従い総合的に障害等級を認定しているのである。

筋力テストは、被験者の主体的な意思すなわち最大努力の発揮の仕方などによってその結果が左右される。したがって、通常は、右検査と併せて、筋電図検査や筋萎縮の有無についての視診・神経学的診断法を実施し、筋力低下の原因を医学的に証明することが必要である。

仮に、筋力テストの結果を斟酌するとしても、それが〇及び一の場合は関節運動不能、二ないし五の場合は関節運動可能と評価すべきである。

(二)  同4(三)(2)、(3)は争う。

5  よって、本件処分には何らの違法はなく、原告の主張は理由がない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、同4の事実(本件処分の違法性)について検討する。

1(一)  (証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、本件事故の態様は、原告が時速三、四〇キロメートルで進行していたところ急停車したため後続車に追突されたものであること、原告は右追突によりいわゆる鞭打ち状態となり頸部を痛めたものの、身体は車体にぶつからず、その余の部位を痛めたことはなかったこと、同乗の客に怪我はなかったこと、原告は本件事故当日はそのまま運転を継続し、翌日中村病院で受診したこと、同病院においては、初診時、頸部筋群(僧帽筋)筋肉痛、軽度頸椎可動域制限、食欲不振の各症状がみられたが、通院加療の結果、同病院中村純医師は同年一二月五日症状固定と認めたこと、同時点における所見は、頸椎可動域はほぼ正常、他覚的には上肢腱反射の亢進、頸部筋肉群の慢性的緊張、自覚的には頭痛、項部痛、様々の自律神経失調症状であったことが認められる。

(二)  (証拠略)、原告本人尋問の結果を総合すると、

(1) 原告は昭和五八年末ころからタクシー運転業務を再開したが、運転中右上肢の脱力感・しびれが激化したため、同五九年三月一日大阪府立病院で受診したこと

(2) 同病院初診時における(ア)原告の主訴は、頭痛、後頭部のこり、右手しびれ感・脱力感であり、(イ)他覚的所見は、腱反射は右上腕三頭筋反射に減弱を見せるほか正常、ホフマン反射正常、握力右一二キログラム・左三八キログラム、右上肢徒手筋力テストの結果四プラスないし三プラス、頸椎運動制限なし、第五ないし第七頸神経の支配する右上肢橈側の知覚鈍麻であり、(ウ)頸椎レントゲン所見上はごく僅かの変形性脊椎症性変化があるものの機能写での不安定性はないというものであったこと

(3) 同年六月二八日の徒手筋力テストの結果によると、第五ないし第八頸神経及び第一胸神経の支配する広範囲の筋肉において、初診時に比して僅かながら筋力が低下したこと

(4) 同年七月二三日のレントゲン所見において、第四・第五頸椎間に軽度の動的不安定性が認められたこと

(5) 同病院における治療は当初薬剤投与のみであったが、同年五月二三日以降は頸椎固定用装具着用、頸椎牽引、運動療法(いわゆるリハビリテーション)を行ったこと

(6) 同病院白崎信己医師は、同年一〇月一日症状固定と認めたが、右時点における原告の主訴又は自覚症状は右肩から右手にかけての放散痛・しびれ、右手脱力感であり、他覚的所見は右上肢橈側の知覚低下、筋力テストにおける右上肢の筋力低下であったこと以上の事実が認められる。

(三)  (証拠略)、原告本人尋問の結果によると、大阪市立心身障害者リハビリテーションセンター花岡俊行医師が、身体障害者福祉法による障害等級認定のため、同六〇年一月七日原告を診断した結果は、右上肢橈側感覚鈍麻著明、体幹部・右肩・右手指の運動障害、筋力テストの結果は右肩(屈曲、伸展、外転)及び肘(屈曲、伸展)三マイナス、右母指中指節及び近位指節(屈曲、伸展)一プラス、母指対立可能、右環指及び小指の伸展力弱化・可動域軽度制限(右手指の動作はぎこちなく弱い)、疼痛による頸椎側屈・旋回の制限、ホフマン反射マイナス、レントゲン所見上第二・第三頸椎間に軽度の前すべりありというものであり、障害名は外傷性頸椎症による体幹機能の著しい障害、右肩関節・手指機能の著しい障害、右足関節の軽度機能障害であったこと、これらの障害のうち少なくとも右足関節の障害は本件事故とは無関係であることが認められる。

(四)  (証拠略)によれば、大阪労働基準局審査官から鑑定依頼をうけた河村病院河村禎視医師が同年四月三日原告を診察した結果は、(ア)主訴が、手先に力が入らない、右肩から胸・手にかけてのしびれ・痛み、手先の動作障害であり、(イ)他覚的所見が、頸部に視診上特記すべき所見なし、疼痛による頸椎運動の制限、頸及び腕神経叢(特に右側)の圧痛、右上腕二頭筋反射軽度減弱・三頭筋反射減弱、ホフマン反射正常、上肢に筋萎縮なし(上腕周囲径両側二五・五センチメートル、前腕周囲径両側二五・五センチメートル)、右上肢全般に触・痛覚鈍麻(その程度は橈側に強い)、膝蓋腱反射両側軽度亢進、バビンスキー反射正常、クローヌスなしであり、(ウ)レントゲン所見上第三・第四頸椎間に生理的前彎消失し、軽度の後彎化が見られるほか著見なしであったことが認められる。

2  そこで、頸部運動機能障害について検討するに、前記認定事実とりわけ頸部レントゲン所見によると、原告の疼痛による頸部運動制限は頸部・頸椎及び神経根の変性変化に起因するものと認めるに足りず、障害等級認定基準を総合考慮すると、原告の頸部運動制限は障害等級一二級の一二に該当すると認めるのが相当である。

3  次に、右上肢の運動・知覚障害及び右手指の機能障害(筋力低下を含む)について検討する。

(証拠略)によれば、原告の知覚障害の部位は右上肢橈側であり、その範囲と程度は必ずしも明らかではないが、第五ないし第七頸神経の支配領域に限定され、筋力テストにおいては右上肢全般に第五頸髄から第一胸髄にかけての筋力低下が認められるが、頸髄・胸髄及び神経根の損傷を示す所見も全くなく、筋萎縮は認められず、腱反射も概ね正常であり、レントゲン所見上頸椎の病変は一貫していないことに照らすと、原告の右症状は外傷性頸椎症候群による諸症状に心因的要素が加わった神経症状であり、障害等級表一二級の一二に該当するものと認めるのが相当であり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  そうすると、本件処分が原告の頸椎及び右上肢の筋力低下による運動機能障害認定していないこと、並びに施行規則が障害等級認定にあたって関節運動可動域の運動制限のみを考慮し、筋力低下に基づく機能障害を斟酌していないことにより、本件処分は違法であるとする原告の主張は理由がない。

原告が身体障害者福祉法に基づく障害等級三級に認定されていることは当事者間に争いがないが、同法と労働者災害補償保険法は趣旨・目的を異にしているから、右事実は前説示を左右するに足りない。

5  以上のとおり、本件障害を障害等級一二級の一二と認定した本件処分には違法の点はない。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 土屋哲夫 裁判官 大竹昭彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例